2012年7月31日火曜日

できないことで、できるようになること


弱点克服ということは、色々なところで使われていますし、一定の支持も集めているようです。確かに、それも必要なことだと思いますが、多くの場合は、できない所を突きつけられるだけのような気がして、個人的には好きになれません。

僕は、面倒くさがりです。それが高じて、落ちているごみは足でそのまま摘まんでゴミ箱に放り投げたり、両手がふさがっていたら、足でドアノブを回して開けたりするしまつです。その結果、今では足先が器用で、それがささやかな自慢です。

これは僕が面倒くさがりで、いちいちゴミをしゃがんで拾ったり、持っているものを置いてからドアを開けるのが面倒だったから育ってきた能力です。何かダメなことがあると、それを補うように伸びる能力ってあります。

もう1つ例をあげると、僕はあまり英語を話せません(関連記事:『伝える技術』)。それなのに色んな国を旅しているのですが、それを言うと、さぞかし危険な目にあったのではないかと思われるみたいです。けれど、ほとんどそんな目にあったことないです。言葉が通じないと入ってくる情報も少なくなります。だから、その街の状況とかよく分からないまま旅行しているのですが、よく分からないからこそ、周りの気配や雰囲気に敏感になるのです。ちょっと危険な雰囲気のする方には近づかないようにしたり、そういう場所を通る時は、周囲の様子を気にしながら歩いたりしています。つまり、言葉が分からないから、五感が研ぎ澄まされて(とまで言ったら大げさですが)、危険な目に合わないのです。

これらは、弱点克服していたら、育たたなかった能力と言ってもいいでしょう。

本当は、誰にでもそういう部分があると思います。サッカー選手のメッシは、背が伸びない病気だったらしいですが、多分、背が小さい中でも勝負できるように工夫して、今みたいなすごいテクニックを身に付けたのだと思います。

だから、何かが人よりもできないという事を、怖がりすぎる必要はないんじゃないでしょうか。できないことで、できるようになることもありますよ。

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