2013年5月21日火曜日

個性を引き出す方法としての引きこもり

僕は、引きこもりの人と話すのが結構好きです。

ドラマなどで、引きこもりをテーマにしていることがありますが、そういう時の描かれようはひどいです。暗くて、鬱積したものを持っていて、異常なことをするような、だいたいそんな感じです。それはやや誇張されたイメージだと思います。

引きこもりを理解するのには、江戸時代の日本を考えるとよいです。その時代に鎖国していた日本は、国家レベルでひきこもりをしていたとも言えますよね。そして、鎖国したのは悪いことばかりじゃなかったはずです。

江戸時代に鎖国していた日本は、浮世絵などの独自の文化が花開いて、それが陶磁器の包装紙に使われて海外に伝わって、ゴッホやモネなど印象派の画家たちに影響を与えたという話は有名です。鎖国して外との交流を控えていたから個性豊かな文化が花開いたわけです。

ゴッホが題材にしたフランスのアルルの跳ね橋
カウンセリングをしていると、引きこもり(カウンセリングに来るようになったということは、正確に言うと、引きこもり明けですかね)の人とお会いする機会が多いのですが、独特な魅力を持っている人が多いです。自分がふれたことのない考え方を持っていたりして、話すと面白いです。ただ、社会が引きこもりに対して持っているネガティブなイメージが強くて、その人達自身も引きこもりにネガティブなイメージを持ってしまっています。

こういう風に言うと、引きこもっていて本当に苦しい人から怒られそうですが、でも、僕は自分に味を出したい時には、引きこもってみるのも1つの手かなと思っています。外からの情報を遮断することで、個性やオリジナリティは醸成されるような気がします。

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2013年4月30日火曜日

人類、みな平等

最近、メディアによっていじめが取り上げられていますし、国としてもそこに力を注ぐようになってきたみたいですね。

そういう問題が出ると、小さいころから教えられていたのは、“人はみんな平等なんだ。だから差別したり、いじめたらいけないんだ”というものです。それはそうなんだろうけど、ふだん生活していて、“人は誰でも平等だ”なんて実感することは少ないですよね。そして、実感が少ないことを語っても、あまり相手には響きません。

僕も“人は、平等”なんて、ずっと実感がないままに生きてきました。南米に行くまでは…。

チリの北部からアタカマ砂漠を越えて、ボリビアのウユニ塩湖まで行くルートがあって、それは見どころもたくさんあるので、2,3泊しながら行きます。僕も、南米を旅行した時、そのルートで国境を越えました。色んな国の貧乏旅行者が同じルートをたどっていました。けれど、そのルートには、標高が高くて高山病になりやすいという落とし穴があります。

アタカマ砂漠を抜けると、ウユニ塩湖が広がります
僕は当時、高山病をあまり理解していませんでした。直前まで海沿いの街でぼんやり過ごしていて、急に思い立って高地に行ったので、今、考えるとかなりの高低差がありました。そして、まんまと高山病にかかってしまったのです。

高山病は、本当にしんどくて、頭は痛いしゲロは吐くし。現地の人が高山病に効くからとコカ茶を飲ませてくれたのですが、それすらも吐いてしまうような感じでした。ですが、ふと見ると、そこに集まっていた様々な人種、性別の人が、みんな等しくゲロを吐いていました。屈強な身体つきの欧米人も高低差という驚異の前ではなすすべなく、オエーっと同じ効果音を出しながら吐いていました。苦しさの中で、僕の頭の中には“人類みな平等”という言葉が浮かんでいました。

こういう経験をすると、今まで教わっていた差別やいじめをしちゃいけない理由が実感をもって浸透するものです。けれど、子どもたちをみんなボリビアに行かせるわけにもいきませんしね。なかなか難しいです。もう少し別のアプローチを考えるべきなのかもしれません。

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2013年3月30日土曜日

オタクの真価は最期にこそ発揮される

僕は病院で働いているので、ガンで余命が少ない方のお話を聴く機会があります。

そういうカウンセリングの中では、その方が、これまで生きてきた自分の歴史を振り返って「あぁ、自分の人生ってこうだったなぁ」と感慨にふけることがあります。そうすることで少し気持ちが穏やかになるみたいで、大事な作業だと思っています。

この自分の人生を振り返るという作業をする際に、オタク的な部分を持っている人は、そうでない人と少し趣が異なっています。先日、あるスポーツのオタクだという人と話す機会がありました。その方が小さい頃から夢中になって見てきた歴史を教えてくれて、この時代にこういう偉大な選手がいて、その後、別の流れが来て…、というように話してくれました。そして、そのスポーツの記憶に付随して、その時々の自分を思い出しながら人生を振り返っていました。

自分の人生を振り返るときに、印象的な出来事をダイレクトに思い出しながら振り返る人も少なくないのですが、オタク的な部分を持っている人は、自分が夢中になってきた物を、緩衝材のように間に置いて振り返ることができるのです。もちろん、こっちの方が良いとか、あっちの方が悪いとかいう話ではないです。けれど、オタク的な人生の振り返り方はさわやかだし、面白みもあるので、個人的には好きです。

自分自身を振り返って考えてみると、そんなに夢中になれるものがないので、今からでも作った方がいいんじゃないかと考えさせられました。

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2013年3月11日月曜日

あきらめることから始まること


カウンセリングをしていると、「もう、あきらめの境地ですよ」というセリフを耳にします。自分なりに努力したり、工夫してみてもなかなか結果が出ない時に、そういう心境にいたるようです。

このセリフだけ聞くと、問題を放ったらかして、断念している印象を受けます。外から見ていると、励まして前向きにしたい気持ちにもなります。しかし、実際は、そういう風に語った後、良い意味で変わっていくことが少なくないです。

何でそうなるのか僕も不思議に思ってました。けれど、あきらめるの語源を知って、気づいたことがあります。

諦めるの語源には、“明らかに見極める”という意味があるらしいです。ですから、そのような心境には、ネガティブな思いだけではなくて、どこかで自分自身や、置かれている状況を受け入れるような気持もあるのだと思います。

これを自己受容と言います。今まで受け入れがたかった自分の一面を受け入れるのは、その人の行動に大きな影響を与えます。それが良い変化を生むのだと思います。

じゃあ、最初からあきらめたらいいのか?と言うと、もちろんそうではありません。『スラムダンク』の中に、「あきらめたらそこで試合終了ですよ」という安西先生の名言がありますが、その時のあきらめは、投げやりという雰囲気が含まれているのだと思います。

あきらめることを勧めはしませんが、紆余曲折を経た後に生まれる、寂しさと受容が混じったようなあきらめは、良い変化を生むことが多いですよ。

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2013年2月20日水曜日

お説教に意味はあるか?

説教というのは、そもそも牧師さんや和尚さんが説いてくれるありがたいお話のようですが、今回は、日常でよく目にするお説教について書きたいと思います。

仕事をしている人であれば上司に至らない点についてお叱りを受けたり、学生であれば先輩や教師などにダメだしされる機会があると思います。説教されてみてどうだったかを尋ねてみると、ほとんどの人が態度を変えるどころか、説教した人に対する不満を口にします。

では説教なんて全く意味がないのか?というとそうでもありません。たまにですが、お説教されて態度を変える人もいるからです。

分類すると、態度を変える人と、不快感だけ募らせる人がいるわけですが、その最も大きな違いは互いの関係性だと思います。態度を変える人は、説教する人との間にある程度の信頼関係が出来ています。「タバコはやめろ」と教師から言われるのと、友達から言われるのは響き方が違いますよね。信頼関係がないと、ただただ相手にとって不快なものとなってしまうようです。

じゃあ、不快感が募るだけの説教は意味がないのか?というと、そうではなくて、そこにもちゃんと意味があると思います。ただ、説教される側ではなくて、する側にとって、です。説教している人のことを注意して見てみてください。説教することによって、その人自身が癒されていることに気づくと思います。説教する側にとっては、自分の考えや意見を存分に語れるわけですから、当然気分がいいですよね。ですから、説教をよくされる人は、それだけ癒し系なのだと思います。

ここまでの文章でもそうですけど、説教を「聞いた」とは言わないで、ほとんど「された」って表現しますよね。体験としては受け身に感じられているのだと思います。ですから、説教されるたびに、今日も誰かを癒してやったと思っていると少し自分の主体性が取り戻せていいですよ。

関連記事:『怒られる才能』

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2013年2月15日金曜日

人前での緊張をやわらげる方法


人前に立って話をする時に、緊張が強くなりすぎて困っちゃうことがあります。緊張なんて全然しないという人もいますが、それは少数ではないでしょうか。僕も講演したり、研修をする機会があって、そんな時はやっぱり緊張します。

緊張をほぐすための方法は色々あるのですが、僕がやって良かったのはその緊張を自白するという方法です。例えば、講演する時に緊張していたら、最初にこんな風に言ってしまいます。「こんなに大勢の方が来てくださったことはうれしいのですが、普段、カウンセリングは1対1でやっているので、ちょっと緊張してます」、と。このやり方は手軽だし、けっこう肩の力が抜けます。

緊張しているのにそれを話さないでいると、“緊張が相手にばれないようにしなきゃ”という心理が働きます。緊張をばらさないようにするというタスクをこなしながら、もともとの相手に伝わるように話すというタスクをこなすとなると、2つのタスクを同時に遂行しなければいけません。これは大変なので、どちらかが破たんしがちです。そうなってしまうと、ますます緊張が強くなるという悪循環が生じてしまいます。ですから、早めに自白してしまった方がいいと思います。

聞いている聴衆の側には、自白されることで求めるハードルが下がるという現象も起こります。スーパーのレジで並んでいて、他のレジに比べてなかなか進まないからイライラしていたら、その店員さんのバッチに『研修中』と書かれていて“じゃあ、しょうがないか”と思ったことありませんか?それと同じです。緊張していることを相手に伝えてしまうことで、相手の目が優しくなります。そのように、相手のハードルが下がることで、こちらもさらに話しやすくなるという良い循環が起こります。そういう点でも、この方法は有効です。

もちろん、自分の緊張はもっとすごくてそんな簡単じゃないと思う人もいるでしょうが、この方法は手軽なので、お試しでやってみるといいですよ。

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2013年1月28日月曜日

相手に変わってもらうためには

カウンセリングをしていると、度々こんな相談を受けます。困った人がいて、その人に変わってほしいんだけどなかなか難しいというものです。確かに、それは難しいです。他の人を変えるのは、自分を変えるよりもずっと大変なんです。

たとえば、サッカーで、パスはうまいけどシュートが苦手な人がいたとします。「そこはシュートだろ!」とみんなが思う場面でも、いつも味方にパスをしてしまいます。

そんなとき、「なんでシュートうたないんだ!」と厳しく注意したり、怒るというやり方がありますね。このやり方は、そこら中で使われているので、ある程度の効果があるのだと思います。けれど、行き過ぎると、今、話題になっている大阪の高校で起こったようなことにもなりかねません。

方法は、もっとたくさんあります。パスが上手だから、そこをどんどん褒めるというのも1つのやり方です。そうすると、パスがうまくなっていって、その人は自信が出てきます。その自信が出た分だけ、自分が苦手だったシュートもやってみようという気持ちになっていきます。人は、余裕が出来たらその分だけ、自分のダメな所にも注意が向くようです。

けれど、どっちのやり方にしてもシュートの上達度としては同じだろ、と思う人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。ほとんどの場合、良いところをほめて変わった方が、怒ったりして変えるよりもずっと上手にシュートをうてるようになっています。それは、パスが上手くなっていくときに身につけた技術が、シュートにも活かされるからです。ゴールにパスするようにシュートをうてるようになるかもしれません。

ですから、誰かに困っている・変わってほしいと思ったら、まずはその人の良いところに注目してみるのがおススメです。ただし、あまりにもその人に対して我慢している期間が長いと、良いところを探そうなんて気分にはとてもなれません。そうなってしまう前に、普段から心がけておくことが大切です。その人の良さをほめたり、感心したりしていると、だんだん変わっていきますよ。

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